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【楽市JAZZ楽団】ファンに愛されて10年目の市民ジャズビッグバンド

今年1月15日、岐阜県岐阜市は前日からの雪が残るあいにくの天気。しかし岐阜市民会館には約1000人の熱気が溢れていた。この日行われていたのは「第9回ぎふジャズフェスティバル」だ。

9年前から毎年冬に開かれているこのイベント。毎年スペシャルゲストが招かれ、今年は「となりのトトロ」などでおなじみの歌手・井上あずみさんが、ジャズアレンジされたジブリソングや昭和歌謡で盛り上げた。しかしこの日のステージの中心となっていたのは、市民によるジャズビッグバンド「楽市JAZZ楽団」だ。
楽市JAZZ楽団は、岐阜市民会館・文化センターの「レジデント・ビッグバンド」で、この2館を拠点に活動している。運営するのは、2館の指定管理者となっている一般財団法人岐阜市公共ホール管理財団だ。
このように公共ホールが継続的にジャズビッグバンドを運営する例は最近全国で少しずつ増えている。しかしその中でも結成10年目を迎える楽市JAZZ楽団はフロントランナーであり、その観客動員数は他の追随を許さない。

第9回ぎふジャズフェスティバル

第9回ぎふジャズフェスティバル

指導は人気サックス奏者、野々田万照さん
楽市JAZZ楽団は2008年8月に結成された。結成に至る要因で最も大きいのは、岐阜市民会館・文化センターと、楽団音楽監督である野々田万照さんとの出会いだろう。
野々田万照さんはサックスプレーヤーとして、人気ラテンジャズビッグバンド「熱帯JAZZ楽団」や、歌手・高橋真梨子さんのサポートバンド「ヘンリーバンド」など全国区で活躍している。約20年前、長女が誕生するのを機に、おいしい水と空気の子育て環境を求め、東京から帰郷して岐阜を拠点としている。

野々田万照さん

野々田万照さん

野々田さんがゲスト出演するコンサートのチラシをたまたま見つけたのが、当時岐阜市文化センターの職員だった、一般財団法人岐阜市公共ホール管理財団の高橋順さんだ。翌年度の会館・センターの事業企画を考えていた高橋さんは、そのとき初めて「熱帯JAZZ楽団」を知り、そのコンサートを開催したいと考えた。そこで熱帯JAZZ楽団のマネージャーに連絡するとともに、野々田さんにも連絡を取った。野々田さんがゲスト出演していたコンサートの主催者は、以前からの高橋さんの知り合いだったのだ。
熱帯JAZZ楽団のコンサートが2007年6月と決まり、高橋さんはそのプロモーションのため、野々田さんたちの学校でのライブを企画した。ある学校では吹奏楽部と合同演奏をすることになり、野々田さんが学生たちに教える姿を見た高橋さんは「地域に貢献したい思い、音楽の魅力を伝えたいという思い」を感じたという。こうしたプロモーションが実を結び、熱帯JAZZ楽団のコンサートは満席、とても盛り上がった。楽器が好きな人、バンドで演奏をしてみたい人、プロに教わりたい人が多くいることを感じた高橋さんは、楽市JAZZ楽団結成を決意するに至る。最初は吹奏楽団という案もあったが、全国的にも例がなく、市民に望まれているもの、そして野々田さんが指導者として本領を発揮できるものをと、ビッグバンドの形になった。
2008年7月、参加メンバーオーディションが行われた。翌年2月には第1回ぎふジャズフェスティバルの開催が決まっていたことから、誰でもいいというわけにはいかず、サックスなど人気パートは高倍率となった。参加者は2チームに振り分けられる。ジャズの経験の少ない人の集まる「こーもらんつ23」(当時の名前は「ジャズ入門コース」)は、野々田さんの愛弟子であるサックス奏者、粥川なつ紀さんが講師を務める。ジャズ経験者の多い「こーもらんつ16」(当時は「ジャズ実践コース」)は野々田さんが直接指導する。他に金管の講師を呼び、1年目はドラム・ベースなどのリズムセクションはプロが務めた。初めて集合してみんなが音を出すのを聞いて、高橋さんは生で「音を作る」ジャズや、ビッグバンドの迫力に感動したという。
「こーもらんつ23」は月2回の練習で、ジャズ独特の吹き方やリズムなど、基礎から粥川さんが教え、中学生から定年退職後の人まで幅広い年齢層のメンバーの演奏をまとめていった。「こーもらんつ16」は月1回の練習だが、野々田さんは市民相手でも容赦せず、きちんと指摘してできるまでやらせる。緊張した空気になったところで、ユーモアで笑わせるのが野々田さんのやり方だ。ビッグバンド経験者や野々田さんの教え子が引っ張り、他のメンバーも頑張ってついていった。何しろ最初から「でき次第で下剋上がある(こーもらんつ23と16のメンバーを入れ替える)」と言われていたのだ。
2月、岐阜市文化センターで行われた第1回ぎふジャズフェスティバルは、800席が早々に売り切れるほどの人気だった。野々田さんは第1部から第3部まで出ずっぱりで、演奏と軽快なMCで盛り上げた。

第1回ぎふジャズフェスティバル

第1回ぎふジャズフェスティバル

学校、商店街…地域に広がる活動
第2回からは岐阜市民会館に会場を移し、第2部にゲストを呼ぶ現在の形ができた。第2回は900人、そして第3回以降は1000人前後の観客動員を続けている。
2年目からはジャズフェス以外での活動も始まった。学校でのライブは「アウトリーチライブ」「出前コンサート」などと呼ばれ、会館に来てもらうのではなくこちらから出向く。2008年7月、初の楽市JAZZ楽団単独でのアウトリーチコンサートが行われたのが長良特別支援学校だ。こーもらんつ23にこの学校の先生が参加していた縁もあって実現したこのコンサートでは、野々田さんが合唱曲「ビリーブ」をビッグバンド用にアレンジし、子どもたちと先生と楽市JAZZ楽団のコラボ演奏が行われた。子どもたちも演奏にすぐに反応して歌い、会場は感動に包まれた。このアレンジはこの後も学校などでたびたび演奏されている。

岐阜市立城西小学校での出前コンサート。子どもたちと合唱曲「ビリーブ」でコラボ(2015年9月)

岐阜市立城西小学校での出前コンサート。子どもたちと合唱曲「ビリーブ」でコラボ(2015年9月)

文化センター近くにある「柳ケ瀬商店街」での「柳ぶらライブ」は、「柳ケ瀬でぶらぶらしながらライブも見てもらおう」と、商店街と一般財団法人岐阜市公共ホール管理財団が2010年に1~2回、夏から冬に不定期で共催している。定員200人のホールが毎回満員になるほどの人気だ。始めたころは柳ケ瀬にこれほど人が集まるのは珍しい光景だったが、この8年余りの間にゆるキャラ「やなな」の活躍や、若者向けのおしゃれな露店が多数出店する月1回の「サンデービルヂングマーケット」も始まり、このライブもいい意味でまちの風景になじんできた。

柳ぶらライブ(2015年12月)

柳ぶらライブ(2015年12月)

「クリスマス・ジャズ講座」も定番になってきた。これは毎年12月に、ジャズフェスの「プレイベント」として無料で行われるもので、野々田さんがその年のテーマに沿って講演し、それに沿った楽市JAZZ楽団の演奏も聞くことができる。「映画音楽」「リズム」「編曲」など、マンネリにならないよう、野々田さんと財団スタッフで毎回テーマに知恵を絞っている。

クリスマス・ジャズ講座(2015年12月)

クリスマス・ジャズ講座(2015年12月)

さらにこれに加わったのが「夏休みジャズ・ビッグバンド体験教室」だ。夏休みの一日、管楽器の小5から高3の子どもたちが、野々田さんや楽市JAZZ楽団のメンバーにジャズ・ポップスの演奏を教わり、一緒に演奏する。この日は普段ビッグバンドにない楽器でも参加できる。参加者には翌1月のジャズフェスで、この日習った曲の演奏に参加する機会も与えられる。未来を担う子どもたちに音楽に触れてほしい、ジャズを知ってほしいという野々田さん、粥川さんの願いを形にしたものだ。ここでの体験をきっかけに楽市JAZZ楽団に入団する子も現れた。

夏休みジャズ・ビッグバンド体験教室(2016年8月)

夏休みジャズ・ビッグバンド体験教室(2016年8月)

市民の演奏を、観客が満足するショーに
こうした活動を続ける中で、地域に楽市JAZZ楽団の「ファン」が少しずつ増えていった。楽市のさまざまなライブに繰り返し訪れ、団員の顔を覚えて、その成長を喜ぶ。ソロなどで団員が緊張しながら挑戦しているときには、温かく見守り、成功しても失敗しても大きな拍手で盛り上げてくれる。
もちろん、まずは野々田さんや粥川さんの演奏やMC、人柄のファンであるという人が多い。ジャズフェスも、まずは講師陣やゲストの演奏があるからこそ多くの人が来場する。しかしそのとき、いつも楽市JAZZ楽団が一緒にいる。
ジャズフェスでのアンケートによると、観客は50代以上が約7割を占める。特筆すべきは、「とても満足した」「満足した」の回答を足すと95%を上回るということだ。かなりの実力者もいるが、団員みながプロのようにうまいはずはない。それでも観客は満足し、ジャズフェスでは2,000円のチケット代を払う。それは野々田さんや粥川さんを中心に、楽市のライブを素人の発表会ではなく、エンターテイメントに仕上げているからだ。
楽市のライブではメンバー紹介で必ず職業にも言及する。プロではなく、身近な市民が参加していることを伝えているのだ。さらにMCでメンバーがいじられることもあるため、一人一人のキャラクターが伝わり、メンバーはロビーで知らないお客さんから「ああ、あのお医者さん」などと話しかけられたりもする。また、野々田さんはこーもらんつ16のライブで毎年「楽市アイドル化計画」という企画を行う。メンバーの一人をその年の「アイドル」にして、その団員が全編にわたってソロを吹く一曲を用意するのだ。「アイドル」は楽市ファンにその顔が知れ渡り、これをきっかけに飛躍的な成長を遂げた若者もいる。
粥川さんが講師を務めるこーもらんつ23には多くの中高生も参加する。一人一人ソロも披露するが、自分のソロに間に合うように走らずに前へ出てきて、マイクの高さを合わせて、正しいタイミングで吹き始めて、終わったら一礼して席に戻る、という流れを一通り行うだけでも、最初はおぼつかなかった。しかし今では在籍期間の長い子がお手本を見せ、皆落ち着いてできるようになった。そうした成長を観客とともににこにこと見守る粥川さんも、今ではこーもらんつ23のステージの見どころの一つだ。

第9回ぎふジャズフェスティバル、高校生のトランペットソロを粥川さん(右端)が見守る

第9回ぎふジャズフェスティバル、高校生のトランペットソロを粥川さん(右端)が見守る

さらにジャズフェスでは、アマチュアではなかなか経験できないほど好環境のホールで、岐阜最高レベルのスタッフのサポートによってライブがつくられる。普段高橋真梨子さんのステージなどで、日本のエンターテイメントの最前線を知る野々田さんが、演出にその目を最大限に生かし、舞台をすみずみまで見て、団員やスタッフに指示を出す。
そしてもちろん、講師陣の明るくも厳しい指導のもと、バンドでも個人でも普段から努力を重ね、演奏レベルが上がってきたことも、常に新しいもの、よりよいものを求める観客の満足につながっている。初期にこーもらんつ16で演奏していた曲を、最近はこーもらんつ23でも演奏するようになった。アンケートには、ゲストや講師陣の素晴らしさに交じって、楽市JAZZ楽団が「うまくなった」「今までで一番よかった」という言葉が繰り返し出てくる。団員には、練習するのは楽しいから、数年おきにオーディションがあるからという理由だけでなく、公共の施設でこれだけのことをしてもらっているのだから、よい演奏をして応えたいという自覚もある。

岐阜に誇りを持つきっかけに
楽市3年目くらいから、学校やPTA、商工会などから、楽市に演奏してほしいという依頼が少しずつ舞い込むようになった。それが2015年ごろから急に増えた感覚があると高橋さんは言う。その一つの要因と考えられるのが、その年7月の、図書館やホールなどの複合施設「みんなの森 ぎふメディアコスモス」の開館式典での演奏だ。国会議員や知事などそうそうたる出席者が並ぶ中、楽市は粥川なつ紀さんとともに3曲を演奏した。これまでの実績の積み重ねが「文化の拠点」の開館式典への出演につながり、楽市の名前はさらに多くの人の知るところとなった。

「みんなの森 ぎふメディアコスモス」開館記念式典で岐阜少年少女合唱団とコラボ(2015年7月)

「みんなの森 ぎふメディアコスモス」開館記念式典で岐阜少年少女合唱団とコラボ(2015年7月)

しかしそれでも、楽市の活動によって岐阜にジャズや音楽文化が広がっているかというと、高橋さんは「それを肌身で感じるほどにはなっていない」と言う。「それが当たり前。そこまで簡単な話ではない」と高橋さん。
それでは、公共施設が運営するバンドとしての楽市の一番の役割とは何なのだろうか。高橋さんは「いちばん狙いたかったのは、岐阜の一つのアイコンになること」だと話す。
「岐阜の人が岐阜について語れる、愛着や誇りを持てる、岐阜のみんなのアイデンティティになるものにしたいです。それがいちばん岐阜に足りないものだと思います」。
岐阜では、岐阜にいいところはないかと聞かれても「何もない」と答える人が多いとよく言われる。
「一度外に出てみると、何もないはずがないことがわかります。岐阜に誇りを持てるきっかけとして、「こういうジャズのビッグバンドがある」と口に出して「かっこいいね」と反応があれば、話したほうも気持ちよくなると思います。そうやって地元への愛着やアイデンティティが形成されていくのではないかと思います」
合唱団や吹奏楽団、スポーツの団体であれば全国に多くある。しかしジャズのビッグバンドはない。まして楽市のようにファンをもつバンドは全国でも唯一といっていいだろう。楽市は、岐阜に誇りを持つきっかけとなる存在に近づいているのだろうか。
「近づいていますよ。それをはっきりと感じるまでにはとても時間がかかると思いますが、あるとないとでは大きな違いです。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、地域独自の文化を磨くことで、外国の方にも東京だけでない地域に目を向けてもらうことが、ますます重要になると思います。継続的にやっていくことによって、少しずつ認知度も変わってくると思います」
昨年、野々田さんは楽市のスローガンに「飛び出せ!楽市!」を掲げ、これまで以上に精力的に楽市のライブを行った。昨年10月には岐阜県垂井町での「たるいジャズフェスティバル」に出演し、初の岐阜市外でのライブを行った。そして今年2月には、野々田さんとメンバー3人が、東京タワーで岐阜市をPRするライブに出演した。
岐阜市外でも楽市が音楽で盛り上げ、人気を集めることは、岐阜の人の「誇り」へとまた一歩近づくことになるだろう。10年目の楽市は、さらに大きく羽ばたこうとしている。(文・水野 遥)
【HP】楽市JAZZ楽団
【FB】楽市JAZZ楽団


2017/3/29 更新

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