誰でも一度はお誘いが来たことがあるだろう「同窓会」という集まりごと。よく考えてみたら、けっこう地元っぽい行事だ。とくに小学校の同窓会、中学の同窓会というと、“生まれ育った地元の仲間が集う”そんなイメージがある。「同窓会」を辞書で引いてみると、まず同窓生という言葉が出てきて、次のように説明されている。「同じ学校の出身者。同じ学年、あるいは同じ学級の出身者のみ指している場合も多い。同窓生の交歓会を同窓会と言う。」
同窓生という単語をじっと見つめてみると、「同じ窓の部屋で学んだ生徒」という意味が見えてくる。田舎で育った自分としては、この窓の向こうには自然たっぷりの景色が見え、なんだかとても懐かしく温かい単語に見えてきた。そう考えると「同窓会」はとても温かい行事のような気がしてくる(個人的感覚だが)。
「同窓会」が開催されることが多い時期というのは、年末年始、お盆、ゴールデンウィークとのこと。故郷を離れている人が帰省しやすい連休に集中している。私ごとだが、今年の8月15日に、20年ぶりの同窓会を開催した。「開催した」と表現したのは、自分が発起人になったからだ。その面倒くさそうな役目を買って出た理由は、“どうしてもやりたいこと”があったから。開催地は、地元の新潟県胎内市、かつて市町村合併前は北蒲原郡黒川村だったところ。その村にひとつだけある黒川中学校の同学年で、「同窓会」を企画したのである。
20年ぶりと書いたが、20年前に同級生が集ったのは、成人式。成人式といえば日本全国どこの地域にもある行事だが、雪国新潟の中でも雪深いほうである黒川村の成人式は、毎年8月15日と決まっている。1月に成人の日という日があるが、子どものころからその日と成人式は結びつかなかった。私の感覚では、お盆の真っただ中に20歳になるお兄さんやお姉さんが集ってお祝いをするのが村の成人式だった。もちろん振袖はない。
夏の成人式
夏に成人式を行う地域はあちらこちらにある。東北地方、山陰地方、長野など、1月15日(現在はハッピーマンデー制度で流動的だが)の成人の日ではなく、お盆の帰省の時期に合わせて開催されるところも多い。特徴的には、なんとなく冬にたくさん雪が降りそうな市町村の名があげられる。また、ゴールデンウィークに開催する地域もある。
夏の成人式の話題ついでに、夏に開催するメリットについて書いてみたい。まず、いわゆる田舎と呼ばれる郡部(町村)は、就職や進学で地元を離れている人が多いため、帰省しやすいお盆だと出席率が上がる。それから、豪雪地帯では天候の問題もある。冬に開催すると晴れ着などが汚れたりするが、夏だとカジュアルな服装で済む。また、降雪した道路の悪条件による交通の乱れなどの心配もいらない。そもそも豪雪地帯では、コートを着ないと寒いので振袖では防寒対策もままならないということもある。また、親御さんにとっては、晴れ着を買わなくていいという金銭的負担が減るというメリットもある。以上のことから、寒冷地では、夏の成人式が好まれたりする。
そもそも、なぜ、成人式を行うのだろう? 成人式はなぜ1月15日なのだろう? 調べてみると、成人式は奈良時代に起こった元服に始まる日本特有の風習で、外国ではこのような式典などはないらしい。日本では飲酒も選挙権も大人と定義される20歳から許可されるが、国によっては、必ずしも20歳からが成人とはかぎらない。
現在のような自治体ごとに式典を行う成人式の発祥は、終戦間もない1946年11月22日、埼玉県北足立郡蕨町(現在の蕨市)にて開催された「青年祭」とのこと。意外と新しい。敗戦により虚脱の状態にあった当時、次代を担う若者に明るい希望を持たせ励ますため、当時の埼玉県蕨町青年団長高橋庄次郎が主唱者となり青年祭を企画したそうだ。この行事が全国に広まり現在の成人式となった。
蕨市の「青年祭」に影響を受けた国は、1948年に公布・施行された祝日法により、「大人になったことを自覚し、自ら生きぬこうとする青年を祝い励ます」という趣旨のもと、翌年から1月15日を成人の日として制定した。それ以降、ほとんどの地方で成人式はこの日に行われるようになった。1998年の祝日法改正(通称:ハッピーマンデー法)に伴って、2000年より成人の日は1月第2月曜日へ移動している。最初に行われたのが11月22日であり、歴史的な伝統や背景があって1月15日が成人の日となったわけではないので、夏に行っても、いつ行っても、とくに問題はないようだ。
何月何日に開催されようと、成人式は、戦後の日本復興や経済発展を担う地元の若者や日本の未来を励まそう! というとても前向きで明るい行事であることがわかった。
記念的な「倍人式」
さて、また私的な20年ぶりの同窓会の話しに戻させていただく。成人式の20年後ということで、2回目の成人式にしてしまおうと、「倍人式(ばいじんしき)」と銘打って開催した。これが、私がやりたかったことなのだ。今年40歳の年齢を倍人などと呼ぶのかどうかは不明だが、この年以外の「同窓会」では使えない気がするので、一生に一度の記念的に、どうしても今年やりたかった。去年でも、来年でも、ダメなのだ(笑)。
人生には節目といわれる年代がある。孔子の論語の第二篇「為政」に収められている有名な言葉も10年を節目として考えられている。「子曰、吾十有五而志于学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲、不踰矩(子曰く、吾れ十有五にして学に志ざす。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。)」
日本では、20歳が最初の節目で、30歳、40歳、50歳と続き、60歳の還暦で大きなお祝いをする。アラサーやアラフォーなどという言葉があることからも、人生を10年単位で考えていることがわかる。この節目節目で自分を振り返り、竹馬の友たちと人生の歩みを報告し合うことは、とても意義あることだと感じる。
希望を胸に大人としての人生をスタートした20歳から、それぞれが新たな20年を生きた今、生まれ育ち、送り出してくれた地元に集まって、お祝いをすることを「倍人式」と定義した。
2014年8月15日の旧黒川村の「倍人式」には、同級生の半数近くが集った。20年会っていなくても、目が合えば笑い合い、同じテーブルでは自然と出る方言で会話が始まり、お互いを称え合い励まし合い、地元ならではの懐かしい温かい雰囲気の中、時間が過ぎて行った。
自分という人間を大人になるまで育んでくれたのは、やはり地元なのだとあらためて感じ、今の自分が生きる東京へ戻った。
30代のみなさん、40歳の年に「倍人式」をやってみてはどうだろうか。次は60歳の「三倍人式」を企てている。
(文・写真 黒川豆)
2014/9/24 更新

