国道45号を岩手県釜石市から南に向かうと、大船渡市との境に、三陸鉄道南リアス線「唐丹(とうに)駅」が見えてくる。海側に目をやると、そこにあった民家や学校は跡形もなくなっている。震災直後、線路には流されてきた車両や民家の屋根が幾重にも重なり、津波にのまれた人もいた。
悔しい過去に埋もれた唐丹駅だが、訪れた3日は活気に満ちていた。作業員らが慌ただしく動き回り、復旧作業を続けていた。この駅に来月、ようやく列車が戻ってくるのだ。
「多くが流され、利用者は減っているかもしれないが、何かのきっかけになるかもしれない」。駅のすぐそばの売店で働く堀口千鶴子さん(61)も、そう期待を口にした。
南リアス線は震災で大きく傷ついた。地震の揺れでレールも随所で変形し、駅や橋などを含めると、損傷は247カ所に上った。70カ所の損傷にとどまった北リアス線が震災後、すぐに一部で運行を再開したのに、南リアス線が一部区間で開通にこぎ着けたのは、震災から2年がたった昨年4月のことだった。「本当につらい道のりだった」。南リアス線の運行部長、吉田哲さん(50)は振り返る。
ただ、こうした経験があるからこそ、「記憶と教訓を語り継いでいくべきだ」と吉田さんは思う。これまでもツアー客を誘致し、開通できた区間で被災地の現状を車窓から見てもらってきた。
この区間が、4月に釜石駅までの全線に延びる。吉田さんは「被災地の現状を広く見てもらいたいし、被災したわれわれには発信し後世に伝える義務がある。そのためにも、全線開通の意義は大きい」と語る。
「奇跡の車両」。南リアス線には、こう呼ばれる車両がある。あの日、釜石に向かっていた車両がトンネル内で緊急停止し、間一髪で津波被害を免れた。
その車両は、今でも乗客を運んでいる。「3年がかりで、目的地にたどりつける。ようやく復興に向けたスタートラインに立てますね」。吉田さんは、奇跡の車両を背に笑みをこぼした。(産経ニュースより)
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2014/3/10 更新
