秩父銘仙は、明治中期から昭和初期にかけて、ほぐし模様が人気の女性のおしゃれ着でした。
今でも、昔ながらの技は受け継がれており、 和服・ざぶとん・小物などが、秩父のお土産品としてたいへん好評です。
◆武士に珍重された堅牢な絹織物
「秩父銘仙(めいせん)」は、崇神天皇の御代に知々夫彦命が住民に養蚕と機織の技術を伝えたことが 起源と言われています。 その後、「秩父銘仙」は伝統を受け継がれつつも高品質なものへと改良を重ね、 明治中期から昭和初期にかけて最盛期を迎えます。
◆銘仙の名前の由来
江戸時代、たて糸の数が多い、 筬目(おさめ)が千あるといわれる、緻密な織物を目專、目千(めせん)とよび、これが「めいせん」になったとも伝えれれています。因みに、「銘仙」の文字が使われるようになったのは、明治以降のことだそうです。
◆女性のおしゃれ着として一世を風靡
この頃から女性の間で手軽なおしゃれ着として全国的な人気だったそうです。特に、独特のほぐし模様が人気を博したといわれ、当時は養蚕業などを含めると、秩父市民の約7割が織物関係の仕事にかかわり、賑わいをみせていました。まさに秩父地域の基幹産業であったわけです。
◆最先端のデザイン性
銘仙の全盛期には、京都から原画を書く職人を秩父に招いたり、外国のデザインを積極的に取りれたと、当時としては最先端のデザインが生まれました。当時の女子学生の通学服として、普段着として、さらにはおしゃれ着として銘仙は一世を風靡します。
◆特徴
銘仙の産地は秩父をはじめ、伊勢崎、桐生、足利、八王子など関東地方が主産地。使用される糸、高級品ではなく、玉糸や紡績絹糸など、あまり高級でない糸が素材とされてきました。その分、京都の西陣織と比べると、庶民に愛された普段着でした。
平織りで裏表がないのが特徴で、表が色あせても裏を使って仕立て直しができる利点があります。
着物としての役目が終わった銘仙を半纏の素材として使用し、赤ちゃんのオシメへと生まれ変わり、最終的には雑巾としてその役目を終える使いこなす。まさに無駄のないエコな商品なのです。
さらに、秩父銘仙の特徴として、玉虫色の光沢があげられます。これは、たて糸とよこ糸に異なる色を使い、それが補色に近い組み合わせになるほど際立ってきます。
●繭から銘仙になるまでの全ての工程を見学できる「ちちぶ銘仙館」はこちらから
●工場見学ができる埼玉県指定伝統工芸モデル工場「碓井捺染」はこちらから
2014/3/4 更新
