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日本人から切っても切り離せない存在、和紙。

スタッフよもやまを担当させてもらって以来、なんとなく神社や日本の神様系の記事の担当が多かった。私もライターとして神がかってきたなぁと思っていたが、今回は、カミについて。こっちの「紙」。先日、埼玉県比企郡小川町を訪ねた。都心から1時間半程度電車に乗るとたどり着く、埼玉県西部に位置する町だ。親しくしている友人夫婦が、同町に移住したので、ちょっとご機嫌伺いに。たった1日の小川町滞在だったが、私にとってとても思い出深い町になった。小川町駅に降りてロータリーに出ると、まず目にするのが「和紙のふるさと」という看板やのぼりの数々。どうやら和紙で有名な町であることがわかる。好奇心が膨らみ、観光案内所で聞いてみると、今年の夏、細川紙(ほそかわし)(小川町・東秩父村)が石州半紙(せきしゅうばんし)(島根県)及び本美濃紙(ほんみのし)(岐阜県)とあわせて、「和紙:日本の手漉和紙技術(てすきわしぎじゅつ)」として、ユネスコ無形文化遺産に登録されたとのこと。これは、めでたい。そして知らなかった自称世界遺産マニアの自分が恥ずかしくなった。

細川紙

細川紙の紙漉き

昔ながらの和紙を体験する

小川町を含め埼玉県の紙漉(す)きの起源は古い。
「正倉院の古文書に記録が残り、1200年を超える歴史が伝えられています。江戸時代になると需要が増し、文化・文政年代(1804年~1830年)に最盛期を迎えました。細川紙の名の由来は、江戸時代紀州高野山のふもとにある細川村で漉かれていた細川奉書の技術を武州小川に移したものであるとされています。以降細川紙はこの産地の代表格として産地を担ってきました。」(埼玉県観光課サイトちょこたびさいたま より)

小川町では、この伝統ある細川紙の紙漉き体験ができる。私もせっかくなので、漉いてみることにした(実は子どものころから紙漉きに憧れていた)。紙の原料は楮(こうぞ)という植物の樹皮。それを水に溶かして紙になるのだが、水中で楮の繊維を均一に分散させるために、トロロアオイという植物の根を混ぜる。これを入れないと、楮が沈んでしまいうまく漉けないとのこと。工程はなかなか大変で、説明するとざっと下記の通り。

トロロアオイ 細川紙

左:原料の楮/中:楮に混ぜるトロロアオイ/右:トロロアオイを入れて繊維を均一に

1. まずは刈り取った楮の皮をむき、釜で煮て柔らかくする。

2. 煮た樹皮を水にさらし、不純物を取り除く。

3. 樹皮を棒でたたき、打解(だかい)機で繊維状にする。

4. 繊維状になった樹皮を漉きず(細い竹ひごを並べ糸で編んだ道具)で漉く。

5. 圧をかけて水を抜き、乾燥させる。

細川紙

体験した紙漉き

紙漉き体験で行うのは、4番目の工程のみ。ちなみに私は、絵はがき8枚を作れるコースにした。漉いた後乾燥させなければならないので、自分が漉いた和紙をその日に手にすることはできない。仕上がりを数日間待つという行為が、紙漉き体験をさらに特別なものにするだけでなく、紙というものが実はとても手間ひまのかかるものであると実感できる。この紙漉き体験は漉くだけではなく、和紙に葉っぱや花びらなどの生の植物を乗せて模様を作ることができるので、これが大変楽しいのだ。冒頭で思い出深いと述べた思い出の大部分はここにあるといっても過言ではない。それくらい楽しかった。
私個人の感想はさておき、埼玉県以外でも、少し日本の和紙について調べてみた。

日本全国和紙のふるさと

和紙の原料は楮だけに限らないらしいので、和紙のふるさとは、原料の生産地と一致している。北は岩手県の東山和紙(とうざんわし)。原料は楮で、自然な色合いと素ぼくな味わいが特徴とのこと。障子紙や民芸紙として使われることが多い。関東では、茨城県に西ノ内紙(にしのうちし)というのがあり、これは地元特有の那須楮を原料としたもので、やや黄色いが、虫がつきにくく丈夫で保存に適している。書道用紙、日本画、水墨画、版画などに使われるほか、永久保存用紙としても生産されているとのこと。

世界無形文化遺産となった和紙である岐阜県の本美濃紙は、繊維が均等にからみ合って漉きムラがない最上の紙質と評価されている。身の周りのちょっとしたもののほか、美術紙、民芸紙や、建築に用いる表具用紙なども生産している。同じく島根県の石州半紙は、楮のほかに雁皮(がんぴ)とみつまたという植物も原料としている。現在でも工程の主な部分はほとんど手作業のため、きめ細かくて丈夫で品格があり、さらに長期保存にも耐えられるのが特徴とのこと。丈夫さを活かして障子紙に利用されている。

細川紙の原料も楮だったが、全国的に見ても楮を原料とする和紙が多い。楮は栽培が容易であったために山間部などの農耕が困難な土地の副業として生産が盛んになったようだ。だから和紙のふるさとは比較的山間地域に多い。

和紙のふるさとはまだまだ各地にあるが、どの和紙もその土地の風土・気候・文化によって質が異なり、用途も違ってくるという面白い発見があった。私たちが普段使っている、工業用パルプで作られたコピー用紙は、全国どこで買っても同じもの。しかし、和紙は、生産地によって、それぞれ違ったプロフィールを持つ個性派ぞろい。これ以上調べるとハマってしまって、パソコンのキーを叩いている場合ではなくなるので、この辺でやめておくけれども、興味のある方はぜひ全国の和紙を細かく調べてほしい。

紙と日本人の暮らし

世界的に見ても、日本人の文化は、紙ととともにあったような気がする。たとえば、和室。日本家屋では、部屋と部屋を仕切るのは襖(ふすま)だが、襖の材料は紙。そして窓ガラスがない時代でも自然光が入って部屋が明るかったのは、障子を使っていたからで、これも紙。暮らしの道具でも紙は多用されていた。電気のない江戸時代に灯りとして使われていた行灯(あんどん)も、提灯(ちょうちん)も紙。それから雨が降った時にさしていた番傘も紙だ。あかり

紙漉きの技術向上とともに、全国に生産地が広がり、和紙の生産が最盛期を迎えた江戸時代は、貸本屋を通じて一般庶民が気楽に本を読めるようになり、印刷技術も向上したため和紙を使って多くの出版が行われた。また浮世絵などの版画が流行し、大量の紙が消費されるようになった。ヨーロッパで油絵が主流となって、キャンバスに描かれるようになっても、日本画は和紙に描かれていた。
紙を大量に消費するようになったとはいえ、江戸時代は世界一リサイクルが進んでいたといわれるように、古紙のリサイクルがきちんと行われていた。路上などに落ちている紙を拾って漉き直す専門の職業もあったという。

このような江戸時代のことがわかるのも、考えてみたら紙のおかげ。現代のコピー用紙と和紙を比較すると、強度と保存性に格段の差があることがわかった。和紙は、原料の繊維の長さがコピー用紙より長いため、強度のある紙になる。また、コピー用紙は紙の劣化を進める成分が多く含まれているため、変色や変質がおこりやすいが、和紙は原料に紙を弱くする成分が少ないため、傷みにくい。そもそも和紙の製作工程には、繊維を傷めるような工程があまりないそうだ。

つまり、和紙は、長持ちする。これまでの日本の歴史を知ることができる資料は、和紙に書かれていた。だから、2015年の私たちも、当時の文字を読んだり絵を見たりすることができるのだ。コピー用紙は、この先何百年と持つのだろうか――。関係ないが、私の卒論は、感熱紙にワープロを打ったので、もう消えてなくなってしまった……。巻物写真

ペーパレス時代だからこその和紙の温かみ

現代ではエコの考え方から、ペーパレスが叫ばれている。徹底している企業では、会議で資料など一切配布されず、全員が手元に持っているタブレットにデータが配信される。書類のやりとりも郵送やファックスよりメールで行われる。申込書の類も、パソコンでのフォーム入力が主流になり、クレジットカードや携帯電話の利用明細もウェブでの参照が中心だ。
ニュースをウェブで読む人が増え新聞の販売部数が減ったとか、小説なども今やデータで購入できるので、出版社が困っているとか、現代の紙にまつわるエトセトラはいろいろ。
これらは明らかに、身の回りから紙を減らそうという動きの一環である。

おっと、そろそろ年賀状の季節だ。では、年賀状もペーパレスにしてしまう?
メールやLINE、Facebookで「あけましておめでとう」もいいが、1年に1度くらいは、紙に丁寧に書いてみるのはどうだろうか。全部じゃなくても、大切な人へは、裏も表も手書きで! なんてかなり目立つし、秀逸だと思う。

細川紙

今回の体験で漉いたハガキセット

そうそう、小川町で紙漉き体験をして自分で作ったはがき8枚だが、うち2枚を使ってお世話になっている友人に挨拶状を書いてみた。ペン先の引っかかり、インクの染み込み、思い出せず手が止まってしまう漢字、絵文字やスタンプでは表現できない感情。和紙に綴る言葉がとても温かい、血が通ったものであることをあらためて実感した。
私は、今年は手書きの年賀状にしようと決めた。できれば和紙がいいが、お年玉をつけたいので、今週あたり郵便局に行こうかと。(文・写真 黒川豆)
【HP】紙漉き体験〈埼玉伝統工芸協会「和紙工房」


2015/12/16 更新

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