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ウキウキの浮世絵に見る、江戸の絵師たちの粋

私は妙に江戸時代が好きだ。どれらいかと言うと、もし1回だけタイムスリップができるならどこに行きたいか? と問われれば、江戸、絶対江戸時代の江戸の町と決めている。TBSのテレビドラマ「-JIN- 仁」が放送される前から考えていたということを先に言っておく。

だから江戸が題材の映画も小説も好むが、とくに高橋克彦氏の江戸を舞台とした小説が好きだ。「だましゑ歌麿」というシリーズがあり、たまたま今週、わりと最近出版された「かげゑ歌麿」という小説を読んでいたので、個人的に江戸熱、特に浮世絵熱が高まっている。ちなみに「ゑ」は「絵」のこと、歌麿とは、喜多川歌麿のことである。ということで、今回のスタッフよもやまは、江戸の浮世絵にスポットを当ててみたいと思う。

浮世絵は、日本のみならず今や世界的にファンや研究家が大勢いる。アメリカのボストン美術館では、約6500点(内約400点が歌麿のもの)もの浮世絵が隠しコレクションとされていたらしいし、かのゴッホが浮世絵に影響を受けたというのは有名な話だ。前述の高橋克彦氏は小説家ではあるが、浮世絵研究家でもある。浮世絵にスポットを当てて書くと言っても、私は研究家でも愛好家でもなく、浮世絵ド素人なので、少し視点を変えて、私なりに地元びいきっぽいと思ったことを綴らせていただく。

浮世絵はウキウキの世の中の絵?

まず、浮世絵という名称はいつから使われたのだろうか、というところから。中世以前、日本では庶民もたびたびの戦乱に巻き込まれ、貧困に苦しんでいた。そんな折、仏教の厭世的思想により、現世は「憂き世」で無情の世であると考えられるようになり、15世紀後半には、来世の極楽浄土へ行くことが人びとの願いとなっていった。長い応仁の乱の戦火をくぐり抜け、中世末期にようやく平和がおとずれた。新興の武家に支配権が移って行くと、庶民は、現世は束の間の明るさといわんばかりに享楽を求め、「憂き世」はいつしか浮き浮きと気楽に暮らす浮世といわれるようになっていった。なんと前向きな言葉に変換されたことだろう。

江戸時代になりやがて浮世は現代風、当世風という意味を持つようになっていった。そんな現代風の世の中を描いたものが浮世絵で、江戸時代初期の天和2(1616)年に出された井原西鶴「好色一代男」では浮世絵が登場している。

浮世絵はアイドルのポスターやブロマイド

版画の多色刷りの技術が発達し、版元といわれるいわゆる出版社も増えると、浮世絵は大量に刷られるようになった。江戸の庶民は、好きな役者や美しい女性の浮世絵を所持して眺めたり、部屋に貼っていたという。これは現代と同じ。絵が写真になっただけで、私たちも同じことをしている。アラフォーの私の世代は、小学校や中学校の頃、透明な下敷きに好きなアイドルの切り抜きを入れて学校に持って行ったり、部屋にポスターを貼ったりしていた人がほとんどなのではないだろうか。私は大学進学と共に上京したが、実家に戻ると90年代の高校生がそのまま暮らしていそうな、某アイドルの写真やロックバンドのポスターが部屋の壁に貼ってあったりする。(連続テレビ小説「あまちゃん」の春子の部屋ほどではないが)客観的に見て面白いから、あえてそのままにしている。

私の部屋の話は余談として、江戸時代にもアイドルはいた。有名な歌舞伎役者や吉原の花魁だけではなく、一般人女性にも江戸庶民によく知られるアイドルがいた。極めて一般人に近いアイドル……、今もよく似た現象があるような気がするのだが、喜多川歌麿の時代には、町娘である一般人女性を描いた美人画が流行した。今でいうと、雑誌の読者モデルが有名になるような感じだろうか。とくに有名なのが、当時三美人と言われた富本豊ひな、難波屋おきた、高島屋おひさを描いたもの。正直、ぱっと見では、町娘三人とも同じ顔に見えるのだが、よくよく見てみると、神の結い方が微妙に違ったり、目の形や鼻筋の線などが違い、三者三様違う顔をしている。ちょっと首を開けて着る着物の感じは、見れば見るほど美しく感じてくる。これは浮世絵の知識がなくても見える範囲でわかる違いだ。歌麿三美人

江戸時代の美しい女性を描いた浮世絵についてだが、この顔が本当に美人なの? などと思ったことは誰しもあるのではないだろうか。今は、どちらかというと目がぱっちりした女性が「かわいい」とか言われることが多いし、もちろん日本美人も大勢いるが、芸能界では外国人とのハーフやクオーターが「美しい」女性として活躍していたりする。浮世絵の女性の描き方には独特の傾向があって、時代や絵師によってもかわってくるが、小さい、あるいは切れ長の細い目、細面や下ぶくれの顔をしている。現代の美人とは感覚がずいぶん違う気がするが、この手の顔は古くから日本人の理想とされていたらしい。ポルトガル出身の宣教師で日本についての著述を多く残しているルイスフロイスの日本覚書に美人画についてこう書かれている。「ヨーロッパ人は、大きい眼を美しいとみなす。日本人は、それをぞっとするようなものとみなし、涙の出る部分が閉ざされているのを美しいとする」と。涙の出る部分を閉ざすことを大事にしているという部分が、とても興味深い。涙からは悲しみを連想するからだろうか。

謎解きを楽しめる判じ絵

ところで、一般人女性を描いた美人画だが、寛政の改革のころの出版物や浮世絵に対する厳しい取り締まりで、特定の女性を描くことが禁止された。白河藩の経営で手腕を発揮し、老中に抜擢された超真面目人間だった松平定信は浮世絵を、特に喜多川歌麿を毛嫌いしたと言われている。ここで権力と戦う男喜多川歌麿は、町娘を描き続けるための起死回生のアイデアとして、判じ絵を用いて、誰を描いたものであるのかを世に示している。この判じ絵が面白い!

これが町娘の名前をなぞなぞにした判じ絵。難波屋おきた

左上の絵は、菜が二束と矢で「なにわや」、沖と田んぼで「おきた」。だから、難波屋おきたを描いた美人画ということになる。

判じ絵については、NAVERなど面白くまとめたサイトがあるので、ご参考と暇つぶしにどうぞ。

春画はポルノグラフィティではない

浮世絵の中で密かな人気のあるジャンルが春画だ。今でいうアダルト画像や動画などと同等のものとして白い目で見られることがあるが、男性が楽しむポルノグラフィティと捉えられるようになったのは明治以降だという。江戸時代には春画は男性だけが楽しむものではなかった。「江戸の当時は、嫁入り前の娘も共白髪の夫婦も、老若男女が春画に親しんでいたのです。よくよく見れば、そこにあるのは今でいうナンパ、不倫、同性カップル、コメディ、悲劇、ファンタジー……と百花繚乱の恋模様」(浮世絵入門「恋する春画」より)というバラエティに富んだものであったようだ。

富嶽三十六景

富嶽三十六景

春画には専門の絵師がいたわけではない。得意不得意もあっただろうが、私たちが名前をよく知る有名な絵師たちも春画を描いている。ただし、町娘を描くことすら禁止された厳しい時代には、もちろん春画なんて大っぴらにかけるわけがない。しかし、ダメダメと言われると描きたくなるのが江戸っ子絵師たち。錦絵を確立した鈴木春信も、前述の喜多川歌麿も、あの富嶽三十六景の葛飾北斎も春画を描いていた。美人画を描いていた絵師が春画を描くのはわかるが、風景がを得意とした北斎までもが春画を描いていたのはなぜだろうか? 春画は美人画や風景画と比べて稿料が高く、食べていくために、稼ぎのために描いたという絵師がほとんどのようだ。が、中には、楽しんで描いていた絵師もたくさんいたような気がする。もちろん、本名で描くことなどできないので、隠号(ペンネーム)を使ったが、その隠号を見てそう思った。葛飾北斎の隠号のひとつは「鉄棒ぬらぬら」。響きがなんだか……、北斎の本名は鉄蔵、だからわかる人にはわかってしまう。ちなみに、高橋克彦の「だましゑ歌麿」シリーズでは、北斎は「てっちゃん」と呼ばれている。

この「鉄棒ぬらぬら」さんが描いた春画で最も有名かつ芸術性が甚だしい作品があるので、あるサイトからお借りして貼り付けてみた。北斎春画

蛸と女性が交わるなど、すごい発想。この絵にはセリフのようなものが長々と書かれているのだが、ここで書くのは憚れるので、興味のある人は、ウィキペディアなどで調べてもらいたい。ものすごく、ノリノリなのだ、北斎さんが!

春画は海外では芸術品とても高い評価を得ているというが、明治以降の日本人はどこか恥ずかしいものとして隠してしまう傾向にあった。美術館などで催される浮世絵展などに行っても春画が展示されていることはほとんどない。子どもに見せるのちょっと……というならば、TSUTAYAのアダルトコーナーのように、別コーナーを設けてもいいではないか。自由と開放感と茶目っ気と、そういった江戸っ子のスピリットを見ることができて楽しいのに、隠しておくにはもったいない。そういえば、図書館の浮世絵コーナーにも春画に関するものはなく、書庫にしまってあったので出してもらった。実は、図書館の係りの人に「この女性はエロなのか?」と思われなかったか気になっていた私である。

最後に、TSUTAYAの話を。喜多川歌麿や葛飾北斎などが、駆け出しで食えない時代から才能を見出し、その面倒を見て、ある意味彼らを有名にしたスポンサーでもあった、江戸の版元が蔦屋重三郎であった。蔦屋重三郎は、「江戸時代にあって、豊富なアイデアで新しい出版事業を次々と開拓した板元であった」(「歌麿 抵抗の美人画」より)と言われているが、DVDのレンタル事業や新カタチの書店など、幅広い事業展開を行っているTSUTAYAは、創業者が蔦屋重三郎をリスペクトして命名したそうだ。

わずかかけそば一杯程度の価格で消費されていた浮世絵だが、江戸っ子の歴史、文化、そして魂をたっぷり吸いこんだ重要な資料であることがわかった。目に触れる機会があったら、隅々までじっくり眺めて、絵師たちの粋を感じてほしい。

(文・黒川豆)

参考文献
北斎漫画を読む 有泉豊明 里文出版
浮世絵 大久保純一 岩波新書
歌麿 抵抗の美人が 近藤文登朝日新書
浮世絵に見る日本の二十四節気 藤原千恵子 河出書房新社
浮世絵入門 稲垣進一 河出書房新社
浮世絵に見る日本ふるさと百景 藤原千恵子 河出書房新社
伝説と古典を描く北斎クローズアップ 永田生慈
浮世絵入門 恋する春画 橋本治 早川聞多 赤間亮 橋本麻里

 

 

 

 


2015/7/15 更新

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